何故信仰を持ちたがらないか

答えは簡単、必要性を感じないからである。

そして、信仰を持つことは様々な戒律を守らなければならなくなり、仏教で言えば、魚肉が食べれなくなったり、お酒が飲めなくなったりするからだ。妻帯も。

ただし、これは本当に厳格に守っている人のことであり、お釈迦様もご自身が実践した荒行を誰彼に求めているものではない。

仏教には六波羅蜜という修行があり、これらは実践しなければならない。この中でも、利他行としての社会貢献はもちろん、お布施と布教が大切である。

修行となるとだんだんと抵抗を感じる人も出てくると思うが、お布施のお金も金額の問題ではなく、目的はお金に対する執着を絶つためである。もったいないと思ってするお布施は返って業になる。

極端な話、貧しい人が他のためにと千円出すのと、ゴーンが世間の目を気にして1千万円出す意味は全く違う。(もちろんお寺は1千万円の方があり難いが、ゴーンの救いに繋がるかどうかは別の話)

そして一番抵抗を感じるのが布教であろう。帰依仏法僧と言い、お釈迦様とその教えとそれを共に学ぶ僧達に帰依しなさいと言う。共に学ぶ僧、つまり宗派団体はサスティナブルでなければ、教えがそこで途切れてしまう。だからその為には仲間を増やさなければならない。(お釈迦様は遊行もしたが、多くの人が遠方から教えを求めて仏弟子になりたいと志願してきた)

人口減少の時代、どの宗派も若い人を集めるのに苦労している。困った時の神頼みでも構わないが、普段から如何に自分が災いなく生かされているか感謝を持って生活していくことが大切である。

ユキワカ

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