障害者の本音は?

今回の騒動は障害者の働く場が奪われていたことだが、いったい障害者の本音はどうなんだろうか。

障害者も100人100様。障害を持って生まれてきた人と、人生の半ばで障害を持つことになった人とでも違うし、障害の種類や重さでも全く違うだろう。

ここでは、自分の考えを他の障害者から批判を承知の上で書く。

障害者はたぶん健常者ができることを、自分でもしてみたい。仕事があれば稼ぎたいし、旅行も行きたい。家庭も持ちたい。いろいろな制約がある中で、一人でもできることは援助を受けずに、自律して世界を広げたい。

就業経験の無い障害者は自分で働いて給料を貰い、欲しい買い物をしたいだろう。

(自分のように)就業経験がそれなりにあるものは、できれば元のように働きたいし、養う家族がいれば、家族の幸せのために出来る限り稼ぎたい。

しかし、既に健常者の6割くらいのパフォーマンスしか出せないのであれば、6割を全て仕事に投入するのではなく、3割は仕事、残りの3割は社会貢献とか、健常な時には考えもつかなかった生き方を選択しやすくなる。(ただし欠けた4割のパフォーマンスの一部は年金などで何らかの支援がないと困る)

この欠けた4割にこだわっている限り、人生は前に進まない。(ここは残念だが人に手伝ってもらうこともやむを得ない)残っている6割をどう活用するか、それも自利ではなく利他的に。そこまで考えられるようになれれば、障害を受け入れて自律できたと言っていいのではないだろうか。

ユキワカ

よければポチお願いします。励みになります。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村